<注意書き>
※審神者の名前は出てきません。
※清光が全力で思春期真っ盛りのDKやってます。成績優秀ですが優等生ではないのでご注意ください。
※前世も今世も清光→→→(←)主。一方的な片想いが続きますが最後はハピエンです。
※初期刀の極めに関して捏造設定があります。
※アニメ花丸の内容にも少し触れていますが見ていなくても全然問題ありません。
※現パロに合わせてキャラの容姿(主に髪の長さ)を適宜変更させていただいています。
※後編で清光の断髪表現が出てくる予定です。
加州清光、
恋
心極めました 【前編】
俺の名前は加州清光。
都内の高校に通う普通の男子高校生。
え?普通じゃないだろうって?
何言ってんの、俺なんてどっからどう見てもフツーじゃん。
って言ったら安定に「はぁ?」って顔された。
なにその顔、ちょっとムカつくんだけど。
え、なに?僕がきちんとお前のこと説明してあげるよ?
いーよ、余計なことしないで。
「改めまして。『加州清光。都内の有名進学校に通う17歳の高校2年生。理系クラスで数理を中心にほぼすべての科目で毎回90点以上をとる成績上位者。でもなぜか英語の点数だけは壊滅的。成績優秀な模範生かと思いきや服装においては長髪・ピアス・マニキュアと校則違反しまくりで生徒指導室の常連客。容姿端麗でオシャレには余念がなく、休日に街を歩いていると必ず雑誌編集者にスカウトされ現在は2誌にて読モをこなす現役高校生モデル。女子の間でこっそり行われている校内ランキングではデートしたい男子2年連続NO.1』以上。これのどこが普通なのさ」
うっさいな。わざわざ説明してくれてありがとさん。
呆れた顔でスラスラと俺のパーソナルデータを読み上げるのは幼馴染の大和守安定。
同い年で家も隣同士で幼稚園のときからずーっと一緒の腐れ縁。
ちなみに高校生になった今でも同じクラスで席まで前後。
ここまで来ると腐れ縁の極みだよね。
そんな長年ずーっとそばにいる彼は俺のことを普通じゃないって言う。
どうなんだろ。俺は別に自分のこと非凡だとも特別だとも思ってないけど。
あ、でも一つだけある。俺が自分自身をイレギュラーだと思うところ。
これ、言ってもいいのかな?
たぶん話したところで誰も信じないだろうけど。
信じてもらえない分にはマシだけど、下手したら頭のおかしい奴って思われるかもしれない。
だって誰が信じてくれる?
俺、加州清光には前世の記憶があるんだ、なんて言ってさ。
安定じゃないけど「はぁ?」って顔になるでしょ?
そうなることが容易に予想できちゃうから俺はこのこと誰にも、安定にだって言ってない。
でも嘘じゃない、本当のことなんだ。
俺には前世の記憶がある。
それもかなり鮮明に残っている。
少しだけ昔話をさせてもらうと、俺はかつて人間じゃなくて一振りの刀だった。
加州清光っていうそれなりに有名な刀で、幕末期にとある著名人のもとで活躍していた。
でもこれから話すのはその頃のことじゃない。
俺の中にある記憶っていうのは、「本丸」っていう場所で「刀剣男士」として「審神者」に仕えていた頃のこと。
本丸。そこには俺以外にもたくさんの名刀がいて、俺たちは刀剣に宿る付喪神として人の形を得て暮らしていた。
そんな俺たち刀剣男士をまとめていたのが審神者と呼ばれる人間で、俺は彼女のことを主(あるじ)って呼んでいた。
主の命を受け時間遡行軍っていう敵と戦い歴史が改変されないよう世界を守ること、それが刀剣男士の役割だった。
俺には主以外にも共に戦う仲間がたくさんいた。
最終的には50振り以上にも増えたけど、彼らの名と顔を俺は一振りたりとも忘れずに覚えている。
俺が初期刀で、初鍛刀で来たのが今剣。
順に前田藤四郎、五虎退、獅子王、宗三左文字、愛染国俊、鳴狐、御手杵、大和守安定、薬研藤四郎、……きりがないから悪いけど以下省略ね。
あ、気付いた?大和守安定。
同姓同名の別人かと思うでしょ。
でも違うんだ、なんとさっき俺と話していた安定と同一人物。
驚いたことに俺の記憶の中にある刀の安定が今この世界では俺の幼馴染として生きている。
こういうの転生って言うらしいね。世の中不思議なことってあるもんだ。
ただ安定は俺と違って前世の記憶がない。たぶんだけど。
たぶんっていうのはあいつとこういう話をしたことがないから。
でも本当に覚えてないのかなぁって何度かカマかけてみたことはある。
「新撰組の沖田総司ってどう思う?」とか、「剣道とかやってみたくならない?」とか、「浅葱色っていい色だよね」とか。
でも全部「はぁ?なんなの、清光」って顔で怪しまれて終わった。
実は安定以外にも俺には前世の記憶にある人物を知っている。
それもわりと身近にたくさん。
隣の文系クラスにいる山姥切国広。
その更に隣のスポーツ特待クラス在籍の陸奥守吉行と御手杵。
ひとつ上の学年には和泉守兼定と大倶利伽羅がいるし、ひとつ下には堀川国広と浦島虎徹がいる。
記憶にある顔は生徒だけにとどまらない。なんと教師陣にまで知った顔がいる。
いっつも俺の首根っこ掴んで生徒指導室に引っ張っていく2年の学年主任はなんとへし切長谷部。
そして彼のお説教が長時間になる頃「長谷部先生、その辺にしときなよ」って助け舟を出してくれる副主任は燭台切光忠だ。
びっくりだよね。かつて共に刀を振るった仲間が同級生だったり先生だったりするんだから。
なまじっか前世の記憶なんかがあるだけに長谷部のお説教を受けているとあの頃を思い出して懐かしくなっちゃうよ。
「加州!お前また、なんだその服装は!」っていう台詞が「加州清光!貴様、畑当番はどうした!」っていう思い出の中の台詞と被る。
燭台切が長谷部のストッパー役なのもあの頃と同じだ。
厳しくもどこか甘い彼は「清光くん、今日のネイルもいい色だね」なんて校則違反のマニキュアを褒めてくれたりする。
すると俺もつい「あんたも相変わらずカッコいいじゃん。さすが伊達男」って返したくなっちゃう。
もちろん「え?」って顔されるのはわかっているから寸でのところで口を噤むけどね。
他にも俺や安定のバイト先のカフェのオーナーは長曽祢虎徹だったり、そこの常連客に歌仙兼定や蜂須賀虎徹がいたり、もう挙げだしたらきりがない。
そんな感じで俺は前世知り合いだったけど今はそうじゃないっていう人たちと今世でも共に生きている。
ただひとり俺だけが前世の記憶を持ったままね。
そのことに困ったり悩んだりはしていないけど、なんでなのかなって不思議に思ったことはある。
でも考えても答えは出ないし、別に不都合はないからこのままでいいかって特に気にせず過ごしてきた。
でも最近少しだけその気持ちが変わってきたんだ。
メランコリーっていうほど重くはないけど、正直ちょっとだけ寂しく思うようになってきた。
俺以外記憶がないっていうことは誰ともあの頃の思い出を共有できないっていうことだ。
例えばさ、あるとき安定が前髪切るの失敗して登校してきたときがあった。
あのとき「お前それ初陣の池田屋みたいじゃん」って笑って慰めてやりたいのを俺は複雑な気持ちで我慢した。
校長室前の花壇に水を撒く長谷部を見つけたときは「それも主命―?」ってからかってやりたくてうずうずした。
そんな些細なやりとりもできない。
だってみんなは何も知らない、何も覚えていない。
俺だけがあの頃の思い出の中に生きている。
なんでかな、どうして神様は俺だけ記憶を残したまま生まれ変わらせたんだろう。
何か重要な任務がこの世界にあるとか?
俺の前世の記憶がその解決に役立つとか?
それとも単に神様の気まぐれってやつ?
なんでもいいけどさ、正直ひとりぼっちって感じがして今ちょっと寂しい。
「あーあ……神様って意地悪だよなぁ」
「はぁ?なんだよ清光、いきなり」
「べぇつにぃ」
机の上に顔を横たわらせてつまらなそうにため息をひとつつく。
ひとりで勝手にセンチメンタルになっている俺に安定は首を傾げて「……?変な奴」だってさ。
ちょっとー、少しぐらい気にかけてくれたっていーじゃん。薄情な奴。
「ほら、清光。体育館行くよ。臨時の全校集会だって」
「んー……」
「先行くよー」って言って席を立つ安定に「おー……」とか気のない返事をして重い頭をのそりと起こす。
ふと窓の外に顔を向ければ開いた窓から風が吹き込みカーテンをふわりと揺らした。
夏を過ぎた太陽の光は鋭さも消えてそこそこに穏やかで目にも肌にもちょうどいい。
窓から入り込む風も涼しげな秋の風に変わってきている。
秋。
思い出す。彼女が一番好きだって言っていた季節だ。
「……あるじ」
唇だけ微かに動かし音にもならない掠れ声でぽつりと名を呼ぶ。
神様。
いるのかいないのかわからないけど、いるんだとしたら本当に意地悪だなと思う。
俺だけ記憶を残したまま生まれ変わらせたこともそうだけど、もうひとつ、神様に言ってやりたいことが俺にはある。
こんなにいろんな奴と再会できているのにどうして肝心の主とは出会わせてくれないのか。
安定たちとまた会えたことは嬉しいけど、でもやっぱり俺が一番会いたいのは彼女なのに。
いつになったら彼女と出会えるの?
あと何振りの仲間と再会したらとか制約でもあるの?
それともまさかだけど彼女はこの世界にいないの?
俺を彼女がいない世界に生まれ変わらせたの?
そうなのだとしたらそんな無慈悲なことってある?
俺、彼女の初期刀だったんだよ。
どの刀よりも一番長く彼女に仕えたんだ。
ずっとそばで彼女を支えて、ともに本丸を興して、戦って、傷ついて、泣いて、笑って。
俺と彼女はいつも一緒に生きてきた。
2人ですべて一から始めた最初の日から、涙と笑顔ですべてを終わらせた本丸最後の日まで。
俺、頑張ったと思うんだ。
少しくらいご褒美もらえてもいいと思うんだけど。
ねぇ、神様。
主に会いたい。
会わせてよ。
彼女にも俺と同じく記憶持ちでいてほしいなんて贅沢は言わないから。
せめて再会ぐらいさせてよ。
こんなささやかな願いも聞きとめてくれないなら、神様あんたはやっぱり意地悪な奴だよ。
◆
「神様って意地悪だよね」
付喪神の俺が言うのもなんだけどさ。
「神様は意地悪で、政府は理不尽。救いようのない世の中だよね」
「清光……聞こえるよ」
「いーじゃん、別に。ホントのことだもん」
本丸の一番奥に位置する審神者の部屋。
その縁側に腰掛けて外を眺めながら俺は頬を膨らませて愚痴っていた。
隣に座る主はそんな俺にしょうがないなぁって感じの困った笑みを浮かべてため息をつく。
俺はわざとらしいくらいプイッと彼女から顔をそらし中庭で作業する政府の役人たちにじろりと横目で視線を向けた。
本丸になど滅多に姿を見せない彼らがわざわざ出向いてきて何をしているのかというと、今まさにこの本丸を閉じる準備をしている。
今頃日本中のすべての本丸で同じようなことがおこなわれているはずだ。
『 歴史修正主義者並びに時間遡行軍の消滅を確認。これを以て全本丸全審神者の任を解く 』
通達は唐突に、こんのすけを通じてすべての本丸にもたらされた。
たった一通、40字にも満たない文字の羅列。
それが俺たちの世界を、激しくも穏やかな本丸での暮らしを一瞬で終わらせた。
敵の脅威が消えた瞬間、審神者も刀剣男士も無用の印を押されその存在を消されることとなった。
審神者には箝口令が敷かれ、これまでの戦いや本丸でのことはけっして口外しないという契約書に判を押した上で現世に戻されることに。
刀剣男士ははじめ全振り刀解の案が出されたが大多数の審神者がそれに異議申し立てをし、なんとかその案は下げられ代わりにすべての刀剣を政府所有の蔵に封印することで場は収められた。
溶かされずに済んだことは本当によかった。
けど突然の終わりを告げられ戸惑う奴は多くいた。
詮無いことだ受け入れようっていう聞き分けの良い刀剣もいたけど、幼い短刀なんかはもう主と二度と会えないという事実に悲しくて泣く奴が大勢いた。
俺たちの主は俺たちすべての刀剣と一対一で話をして今までの感謝とか突然本丸が消えることの謝罪とかを泣きたいのを我慢した笑顔で伝えてくれた。
彼女は何も悪くないのに、一方的な決定を下した政府が悪いのに、俺たちの主は「政府を悪とは思わないで」と根気強く説いて聞かせてくれた。
彼女と話しを終えて部屋から出てきた奴らはほとんど全員目に涙を浮かべていたけど、「最後は笑って終わりにしましょう」っていう主の提案を胸に最後の日まで頑張って笑顔で過ごしていた。
俺はすべての刀剣の中で最後に彼女と話をした。
安定も和泉守も堀川も、みんな俺は号泣すると思っていたらしいけど、その予想は大きく外れた。
悪いけど俺は涙の一滴も零さなかった。
泣くのを我慢していたわけじゃない。
泣けなかったんだ。
だって俺には未練があった。
あの日のことを俺はけっして忘れない。
「清光。ちょっといいかな……」って主が神妙な顔で本丸解体の通知を俺に一番に知らせに来てくれた日のことを。
主に渡された政府からの封書を読み終えた瞬間、俺はそれが大事な手紙であることを知りながらも我慢できずぐしゃりと握りつぶした。
あのときの感触は離れることなく手の中に残っている。
「なんで……なんでだよ……どうして、よりによって、この日……」
あの日のことを忘れない。
だって封書に書かれていた本丸解体の日付、それは俺加州清光が極めの修行に旅立つ予定となっていた日だったんだから。
初期刀の極め修行はすべての刀剣男士の極めが完了した最後となる。
既定のもと、ようやく出発できるその日を指折り数えてずっと待っていたのに。
これでやっと俺もみんなと肩を並べられる。
今まで以上の強さを得て主のために戦える。
そう思っていたのに、それなのに。
たった一通、40字にも満たない文字の羅列がもたらしたのは俺たちの本丸の終わり。
そして唯一極められずに終わった打刀、加州清光の刃生の終わりでもあった。
胸の内に残るのは屈辱、無念、そして未練。
修行を経て極めて帰ってきたら主に、彼女に伝えたかった想いがあった。
彼女に呼ばれて顕現した日から今日までずっと想い続けてきた大切な気持ち。
主従の関係を第一に考えずっと伝えずに隠し続けてきた恋情。
強くなって帰ってきたら伝えようと思っていた。
でももうそれは叶わない。
吐き出す機会を失った想いはあの日からずっと俺の中で燻り続けている。
「清光。終わったって」
あの日のこと、これまでの本丸での思い出、いろいろ振り返っていたらいつの間にか作業が完了していたらしい。
主に声をかけられハッと我に返り顔を上げる。
彼女は役人が差しだす書の一番下に閉鎖了承の意を表すサインを記していた。
ああ、これですべてが終わる。
「お世話になりました」と律儀にお辞儀して彼らを見送る主の背中を見つめる。
そしてくるりと振り返るといまだ縁側に座ったままの俺に笑顔で手を差し伸べてきた。
「行こう、清光。みんなが待ってる」
俺はその手をじっと見つめる。
そのまま静かに時は過ぎ、いつまで経ってもその手をとれずにいた。
動かない俺に彼女は少しだけ眉尻を下げた困った笑みを浮かべる。
ごめんね、主。
最後まで困らせて、世話かけて、ごめん。
しばらくそのまま動かず反抗していたけど彼女はため息ひとつつかずに俺から動くのを待っていてくれた。
でもいつまでも駄々をこねていてもしかたがない。
観念してのそりと縁側から腰を上げ、彼女が差しだしてくれた手を握る。
か細くて弱々しい女の子の手。
けれど触れていると心がほっとするあたたかさがある。
その手を強く引き寄せてその身を抱きしめてずっと伝えたかった気持ちを今言ってしまおうか。
無理だ。
極めてもいない、強くなった実感すら持てずに終わった今の俺にはそんな資格もなければ覚悟もない。
繋いだ彼女の手をぎゅっと握る。
顔を見られないように伏せ、悔しそうな声でぽつりと本音をもらした。
「あーあ……修行行きたかったなぁ」
行ってないの俺だけじゃん。
みんなばっかり強くなってさ、ずるくない?
最後とばかりに思い切り愚痴ってやる。
彼女は伏せた俺の頭を優しく撫でて慰めてくれた。
「ごめんね、清光」って、彼女は何も悪くないのに申し訳なさそうな声で俺に謝る。
優しい主。
あんたが謝る必要なんて何もないのに。
悪いのは彼女じゃない。
すべては理不尽な決断をした政府のせい。
そしてこんな意地悪な運命を描いた神様のせい。
神様。
そんな存在が本当にいるのならあんたに一言言ってやりたいよ。
こんな誰も心から笑顔になれない終わりを描くなんて、あんたは本当に意地悪な奴だね、神様。
◆
前言撤回。
現金かもしれないけど言わせて。
神様はそんなに意地悪な奴じゃなかった。
『本日より4週間、本校で教育実習を行う4名の先生方に順に自己紹介していただきます』
臨時の全校集会。
体育館に集められた全校生徒に向けてアナウンスされる教頭先生の言葉。
そしてステージ上の椅子に座る4人の教育実習生たち。
全校生徒が興味津々という視線を彼らに向ける。
そんな中で俺だけはひとり驚きに目を真ん丸にして壇上を凝視していた。
だってしかたないじゃん。
実習生だっていう4人が4人とも、これまた俺の知っている前世の記憶の中の人たちだったんだから。
まず最初にマイクを握ったのは空色の髪が特徴的な筋骨隆々の屈強な男の先生。
『自分は山伏国広と申す。実家が寺なもので言葉遣いが少々堅苦しくなってしまうが、できれば気兼ねなく声をかけに来てもらいたい。教科は保健体育。大学ではラグビー部に所属しているゆえ放課後はグラウンドに顔を出させてもらおうと思うておる。貴校には運良く1年と2年に兄弟が在籍しているため少しばかり心強い。4週間と短い間だがよろしく頼む』
声も態度も男らしい兄貴って感じの彼の挨拶は男子生徒のハートをがっちり掴んだみたいだ。
ラグビー部の奴らのわくわくした顔を見ると今からすでに山伏先生の到来を待ち望んでいる感じだ。
彼が言う兄弟っていうのが山姥切と堀川のことだって気付いているのはたぶん今のところ俺だけだろうね。
相変わらずの逞しい体つきで、今でも修行とか言って無駄に筋トレとかしてそうだ。
2人目は山伏と髪の色は同じだけどこっちはとってもロイヤルな雰囲気を纏った男の先生。
『私の名は一期一振。担当教科は国語、専攻は古文です。本校は母校でもあり、私も弟たちが初等部と中等部で世話になっております。高校時代は剣道部に所属していましたので私も時間を見つけてお邪魔させていただきたいですな。短い間ですがよろしくお願い申し上げる』
きちっとした言葉遣いの中に時折混じる柔らかさにこっちは女子生徒のハートを鷲掴みにしたことは言うまでもない。
こりゃ今日の放課後から剣道場の周りにギャラリーができること間違いなしだ。
一期一振、彼もまた今世でも真面目なお兄ちゃんとして弟たちから慕われているんだろうな。
3人目は雪のように白い髪と肌の、パッと見では女の人かと見間違えそうなほど線の細い男の先生。
『鶴丸国永だ。俺も一期先生と同じくここが母校なんだが卒業したのはもう随分昔の話だ。大学もとうに出てしばらく一般企業で働いていたんだが昔からの夢だった教師への想いが捨てきれなくてな。思い切って会社を辞めて、今は採用試験の勉強に専念しているところだ。俺は兄弟はいないんだが、なんとこの学校には高校時代後輩だった先生が2人もいる。2年の学年主任の先生と副主任の先生がそうだな。2人の学生時代を知りたい奴は授業後にでも声をかけてくれ。おっとそうだ、担当は理科、専門は化学だ。よろしく頼む』
ニッと悪戯好きの少年みたいな笑みで挨拶を閉じる。
外見からは想像できない低い声、そのギャップにやられた女子生徒は多そうだ。
女子だけじゃない、男子もまた彼の興味深いトークに惹かれたようで今からもう人気者の先生になりそうな気配が感じられる。
理科ってことは授業中は白衣だよね。相変わらず白装束が好きなんだな。
しかも化学専攻って、授業の一環と称して驚きの大実験とかやりそう。
そしてきっと後輩だっていう長谷部とかに怒られるんだ。
容易に想像できてしまいちょっとおかしくて思わず肩が揺れてしまう。
でもそんな笑いは最後の一人がマイクの前に立って一礼して顔を上げるのと同時に自然と引いていった。
大勢の生徒を前にしても物怖じすることなくその顔には笑みが浮かんでいる。
その笑顔を知っている。
俺は彼女を知っている。
忘れることなどできようはずがない。
俺の前世の記憶の中に生きる、俺が仕えた最後の主君。
愛しい主。
彼女が今そこにいる。
『みなさん、こんにちは。私の名前は、』
聞き覚えのある澄んだ声。
けれどその声が紡ぐのは聞き覚えのない名前。
あの頃は刀剣男士が審神者の真名を知ることは御法度とされていた。
だから俺が彼女の名を聞くのは正真正銘これが初めてだ。
そっか、それがあんたに与えられた名前なんだ。
『私は実家が遠く九州にありまして、そこでの実習は厳しいため今回はご厚意でこちらで受けさせていただくことになりました。母校でもなく兄弟もいないため右も左もわかりませんが、一生懸命頑張りますのでみなさんどうぞよろしくお願いいたします』
嘘偽りのない真っ直ぐな挨拶、彼女らしくて思わず苦笑してしまう。
実家が九州って言ったね。
俺たちの本丸が置かれていたのも肥後国、九州だ。
運命っていうの?そんな小さなことにも繋がりを感じてしまう。
ねぇ、神様。これってもしかしてサプライズ?
もしそうならあんたのこと意地悪だなんて言って悪かったよ。
前言撤回します、ごめんなさい。
壇上の彼女のスピーチはもう少しだけ続く。
学生時代はずっと勉強しかしていなくて部活はやっていなかったから実習中はできるだけいろんなところを見学させてもらいたいんだって。
本当に、勉強熱心なところも相変わらずだね。
『最後になりましたが担当は英語です。英語は苦手という人にも楽しんでいただけるよう頑張ります』
そう言ってお辞儀をして彼女は笑顔で自己紹介を終えた。
彼女の担当教科に俺は内心「マジかー……」と笑顔を引きつらせる。
よりによって俺が唯一苦手とする教科だ。
神様、もしかして知っていてこういう差配にした?
なんだよもう、あんたが親切なのか意地悪なのか俺には全然わかんないよ。
4人の先生たちの自己紹介が終わって教頭先生がそれぞれの先生の配属クラスを発表する。
彼女は山姥切がいる俺の隣のクラスに入ることに。
でも第2学年所属になるから俺のクラスにも教えに来るって。
それならチャンスは大いにありそうだ。
彼女がこの学校にいるのはたったの4週間。
一緒にいられるわずかな時間をフルに使って、加州清光っていう存在を最大限アピールしてやろうじゃないの。
全校集会が終わり解散が告げられ俺の前に立つ安定がくるりと振り返る。
「清光、自販機でジュース買いたいんだけど今財布、」
持ってる?
最後まで言いきらずに安定の顔は怪訝なものに変わる。
「清光……」
「んー?」
「顔……すっごいにやけてるけど、どうかしたの?」
なんか気持ち悪いんだけど、だってさ。
失礼な。そこまで言うことなくない?
え、でもマジ?俺今笑ってる?
自分ではそんなつもりないんだけど。
まぁでもしょうがないじゃん。
もう会えることはないのかと諦めかけていたんだからさ。
気まぐれな神様がプレゼントしてくれた運命の再会。
これを喜ばずにいられようか。
笑顔になるなっていう方が無理な話でしょ。
「ねー、安定」
「なに?ジュース奢ってくれるの?」
「俺、あの英語の先生気にいっちゃった」
「あ、そう。ふーん、清光あぁいう人がタイプだったんだ」
「うん。彼女にしたい」
「へー。ま、頑張って。…………。はぁっ!?」
適当に相槌打って流そうとしていた幼馴染の顔が呆れ混じりの驚きのものになる。
「冗談だろ!?」って目で真偽を問われたから不敵な笑みを浮かべて「本気だよ」って視線で答えてやる。
安定の顔はますます信じられないっていうものになった。
「清光、馬鹿なの?知り合いでもないし一言もしゃべったことないのに何言ってんのっ」
「いーじゃん別にしゃべったことなくたって。そんなの関係ないし」
「ちょ……っ、本気?あんな美人な先生。しかも年上。絶対相手にされないよ?」
「えー、そう?そんなのやってみなくちゃわかんないじゃん」
確かにこの世界では俺と彼女の間には何の繋がりもない。
なんとなくだけど感じる、きっと彼女にも前世の記憶はないんだろうなって。
だからきっと彼女にとって俺は完全に「はじめまして」の存在だ。
大学生で教育実習生の彼女にとって俺はたくさんいる生徒の中の一人にすぎない。
年下の男子高校生がアタックしたところで「思春期にありがちな気の迷いですよ」とか言われて軽くあしらわれるかも。
けど、だからって声もかけずに最初から諦めるなんてことしたくない。
俺の気持ちは前世から何も変わってないんだ。
せっかく気まぐれな神様が与えてくれたチャンス、ここで活かさなくてどうする。
季節は秋。
奇しくも彼女が一番好きだと言っていた時期に訪れたのは待ちに待った恋の予感。
そしてきっとこれが俺の最初で最後の恋になる。
前世で果たせなかった未練を今ここで。
加州清光、この恋心見事極めてみせようじゃないの!
そう胸に誓い足取り軽く教室に戻った、そんなとある月曜日の出来事だった。
BACK
→
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送